あおば法律事務所
水俣病豆知識 行政不作為の違法確認訴訟

行政不作為の違法確認訴訟

 水俣病患者が、「水俣病患者」として救済を受けるためには、「行政認定」を受けるか、司法の場で水俣病と認められるか以外にない。その「行政認定」とは、昭和49年に施行された「公害健康被害の補償等に関する法律」における公害患者たる水俣病患者としての認定を受けることである。この認定業務は、熊本県と鹿児島県が国から委託を受けて行っている(新潟水俣病は新潟県)。手続は、診断書を添付した申請書を提出し、疫学調査(メチル水銀汚染魚多食の事実調査)と検診(神経内科、眼科、耳鼻科等)を受けた後、各県設置の認定審査会の審査・答申に基づき、各県知事が、認定するか棄却するかの処分をする。
 行政認定に関して、かつて大量の認定申請者が未処分のまま放置されていたことがあった。公健法の前身「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」が昭和44年12月に公布され、認定制度が発足すると、昭和45年から51年6月末日までの間に、延べ4252名が認定申請した(処分状況は、認定839名、棄却144名で、未処分者が3269名)。この間、昭和48年3月20日には、水俣病第一次訴訟判決で原告勝訴判決が言渡され、裁判原告以外の行政認定患者にも、判決と同等の補償を約する水俣病補償協定がチッソと患者団体との間で締結されている(公健法は、この救済法を吸収する形で制定されており、従前の行政認定患者と同様の補償を受けるには、公健法の認定を受けることが要件とされた)。この第一次訴訟原告勝利判決と補償協定によって、それまで潜在化していた水俣病患者らが補償を受けるべく、大量に認定申請をしたのであった。
 こうした中で、未処分者らが熊本県を被告とし、昭和49年に熊本地裁に提訴したのが、水俣病認定不作為の違法確認請求訴訟である。行政の不作為の違法は、行政法学では、法令に基づく申請に対する行政庁の応答義務が存することを前提とし、行政権の発動が私人の申請に基づいて行われる形式の場合に、その申請行為に対して、行政庁は、相当期間内に応答しなければならない行政実体法上の義務が存在するにもかかわらず、その期間を経過している時に認められる。そして相当期間については、個々の行為ごとに個別に定めるしかないとされている上、相当期間を経過したとしても、それを正当化する特段の事情があれば違法とならないとも言われている。
 この水俣病認定不作為の違法確認訴訟において、熊本県は、水俣病に関する医学的判断の困難性、認定申請者の激増、検診・審査を担当する専門医の確保困難性、申請者側の受診拒否等々を理由とし、水俣病の認定業務は本来的に長期間を要するばかりか、処分に要する期間を特定することもできないとして、全面的に争った。
 昭和51年12月15日、熊本地裁は次のとおり原告勝訴の判決を言渡した。
 「救済法は、公害被害者に対する迅速な救済をはかることを目的として制定されたものであるから、救済の前提となる認定処分が迅速に行われなければならないのは当然である。」被告主張のような事情が存するとしても、「被告がこれを理由として相当期間を特定しえないとの見解をとることは(中略)到底許されないところであり、被告には自ら相当期間を明らかにしてこれを主張立証すべき責務が存する」ところ、被告は「本件処理につき通常必要とする期間を遅くも2年以内と想定したことがうかがえる」が、「現在被告は全く処分の見通しを立てられない状態にある」。そして、相当期間経過前の場合でも、「1.申請後ある程度の期間を経過したにもかかわらず、行政庁が将来いかなる時期に処分をなすかが全く不確実・不明であり、2.かつ右処分に至るまでの期間が相当期間を経過することが確実であり、3.しかも以上の状態が解消される見込みがない場合」には、「行政の措置(不作為)を違法と解するのが相当である。」本件については、「被告がその認定業務の相当期間を2年と想定していたこと(中略)、今後処分されるまでに被告の想定した前記期間をすら経過することが確実であり、このような状態が解消される見通しもない」上、特別事情も認められないので、「本件不作為は違法と認定せざるを得ない。」
 この判決に対して熊本県は控訴せず、判決は確定している(ただし、この違法状態を解消するため、行政は被害者救済ではなく、大量切り捨て政策を採用した。それは昭和52年判断条件と言われる厳しい認定基準の設定による大量棄却の実行であった)。

 現状はどうであろうか。
 熊本県及び鹿児島県の認定審査会は、いずれも審査会委員のなり手がいないため、審査会を構成することができないことから、この2年以上もの間、開催されてこなかった。また、審査の前提となる検診をする医師の確保も十分ではなく、検診は進んでいない。このため、関西訴訟最高裁判決以降の4900名を超える(平成19年1月末現在)行政認定申請者らについて、順次2年が経過しつつある現在においても、検診が終了するのがいつになるのかも不明であり、当然のことながら、認定か棄却の処分がいつなされるのかも、患者らはもちろんのこと、行政(熊本県、鹿児島県、環境省)においても、全く見通しが立たない状況にある。
 熊本県は、平成19年3月から認定審査会を再開させると発表したが、その処理能力は年間100名程度が限界とのことであり、認定申請者全員の処分が終了するのは数十年先の話になる。それでは、認定申請者の大半は死んでしまうことになろう。このような認定審査の現状では、およそ認定申請者放置の状況が解消される見通しが立ったなどとは言い難い。なお、熊本県は、審査の基準は昭和52年判断条件の厳しいままで患者切り捨てを続けるつもりであり、反面、政治的解決によって大量の認定申請者を申請取り下げに導くことで数を減らし、不作為状態解消の実現を期待しているようである。しかし、与党水俣病問題プロジェクトチームが検討している政治解決の中身は、被害者を水俣病と認めず、最高裁判決をも無視する低額補償による患者切り捨てを目指すものとしか思われず、既に最高裁基準による解決を求めて提訴している1100名を超える訴訟原告らが納得するはずもない。また、平成7年の政治解決と同等の救済(団体加算金も含め)を求める被害者らとしても、納得できる中身ではなかろう。
 そうすると、関西訴訟最高裁判決直後に認定申請した患者から、処分がなされないままに順次2年が経過して行くのであり、水俣病認定不作為の違法確認訴訟において、熊本地裁が認定したところの熊本県が処分までに想定した期間2年を超えて行くことになっているのである。まさに行政認定申請者に対する放置の状況であり、不作為の状態が継続し、しかも大半の認定申請者について、その解消の見通しも立っていない状況にあると言える。こうした現在の未処分継続という状況は、行政実体法上の法的評価として「違法状態」にあると言うべきである。この違法状態が続く場合、いわゆる待たせ賃が発生することになる。

以上