あおば法律事務所
水俣病豆知識 認定審査会〜審査の基本姿勢

認定審査会〜審査の基本姿勢(熊本の場合)

 熊本県は、今年3月に開催された水俣病認定審査会における答申を受けて、緒方正実氏を水俣病として認定した。実に8年ぶりの認定者とのことである。緒方氏は、過去に4回棄却処分を受けたが、不服申立をし、国の公害健康被害補償不服審査会が棄却処分は不当としたことを受け、県の認定審査会が逆転認定の結論を答申したという。この緒方氏が認定されたことは、いくつかの重要な意味を持つ。
 第1に、厳しすぎると言われる昭和52年判断条件によってさえ未救済の水俣病患者がいることが公的に証明されたことである。
 第2に、緒方氏は、実は平成7年の政治解決の際にも棄却されているとのことであることからすれば、この11年前の広く被害者を救済するとされた政治解決ですら、昭和52年判断条件に当たるような被害者を切り捨てているという事実が明らかになったことである。行政救済システムが、本質的に被害者救済のために機能しなかったことを如実に示す事実である。
 第3に、国の不服審査会と熊本県の認定審査会は、いずれも判断基準は昭和52年判断条件であり、しかも全く同じ資料に基づいて判断したというのに、逆の結論を導いたという事実が明らかになったことである。この事実からは、同じ基準と同じ資料であっても、審査する者の基本姿勢によって、認定されたり棄却されたりするという問題が指摘できるのである。この点について、熊本県の認定審査会とはどういう基本姿勢で審査してきたのかを見ていくこととする。

 さて、水俣病の行政認定制度が被害者救済の役割を果たしていない原因として、認定基準が昭和52年判断条件という厳しい基準であることが指摘されているが、それだけではない。患者からの認定申請を受けて認定すべきかどうか審査をする県の認定審査会の審査が必要以上に厳しいという点は無視できない問題である。かつて、昭和60年8月16日の水俣病第二次訴訟控訴審である福岡高裁判決では、熊本県の「審査会の認定審査が必ずしも公害病救済のための医学的判断に徹していないきらいがある」と指摘し、その厳しさが問題であることを明確に認めている。

 熊本県が今般再開した認定審査会は、岡嶋透氏を委員長とする。この岡嶋委員長とはどういう考え方をするのであろうか。委員長の姿勢が審査会の姿勢を象徴していると考えられる。
 まず,岡嶋透氏の水俣病研究における師に当たる徳臣晴比古氏(元・熊本大学医学部第一内科教授)がどのような考え方であったのかを見てみる。徳臣氏は、水俣病の原因究明において功績のあった研究者であり,そのことは高く評価されなければならない。ところが、1966(昭和41)年に開催された第63回日本内科学会の講演会において,新潟水俣病に関する研究発表があり、新潟大学医学部の椿忠雄教授(当時)が、「症例の中には,知覚障害のみのものも含まれている。毛髪中水銀量,魚の摂取状況と症状発生の時期,知覚障害の特異性と経過により、有機水銀中毒と診断したもので、アルキル水銀中毒症は,必ずしも定型的ハンター・ラッセルの症状を呈しないことを強調したい。」と報告したのに対し、次のように発言したと記録されている。
「本演題の報告はかつてわれわれが経験した水俣病と同一である。本症の診断は定型的の場合には、いわゆるハンター・ラッセル症候群として容易である。しかしながら毛髪中、尿中水銀量が正常の数倍に達し、わずかに知覚障害を伴うだけといった症例を如何に取扱うか問題である。(中略)この問題は補償問題が起こった際に水俣病志願者が出現したので、過去においてわれわれはハンター・ラッセル症候群を基準にすることにして処理した。」
ここで重要なことは2点ある。
1点目は、この時点で既に知覚(感覚)障害だけの水俣病が存在することが、新潟でも熊本でも確認されているという点である。昭和52年判断条件では、こうした感覚障害だけの患者は水俣病として認められないのであるが、それが本来救済されるべき患者の切り捨てとなることが明らかなのである。
2点目は、水俣病の認定が、チッソによる補償に直結したことから、認定申請者を「水俣病志願者」として見ているという点である。これは、水俣病になりたがるニセ患者がいるという考え方であり、ニセ患者を排除することが審査の主眼として捉えられているのである。

 それでは、岡嶋透氏はどうか。
 岡嶋透氏は、水俣病第三次訴訟において、被告国側の証人として出廷している。平成3年5月16日に行われた2回目の証人尋問の中で、原告弁護団の反対尋問に答える中で、認定患者の実際の症状と岡嶋氏の証言との矛盾を指摘されて追及された際、次のような問答がなされたことが記録されている。

岡嶋「これは、慢性水俣病の臨床像と書いてありますけれども、これは、いわゆる認定患者の審査会のときの資料をまとめられたものと思うんで、その結果はこうであったということになりまして、100%水俣病の患者さんばかりかどうかこれはまた別問題というふうに感じます」
問「今おっしゃったのは、どういうことですか」
岡嶋「ですから、いわゆる否定できないという方が認定されているわけで・・・」 問「つまり、認定された人達は必ずしも水俣病ではないんだと、こういうことですか」 岡嶋「そういう方も含まれている可能性があると思います」
問「あなたは、そう言われるけれども、認定審査会の判断はむしろ厳しいということが裁判所で何回も指摘されていること、これはご存じですね」
岡嶋「知っております」

 要するに岡嶋氏は、行政認定を受けた患者の中でさえ、ニセ患者がいるのではないかと考えているというのである。それも、認定審査会の審査が、司法の場で、何度も否定されてきたことを承知の上での証言なのである。前記徳臣氏の考え方に通じるところがあるのは明らかではないだろうか。熊本県が再開した認定審査会の委員長が、このような考え方で審査に臨むとすれば、そこでの審査がおよそ被害者救済につながらないばかりか、患者切り捨てになるであろう事は容易に想像される。
緒方氏が逆転認定されたのも、国の不服審査会の判断に拘束されたからにすぎないのである。現実問題として、同時に審査された別の方は、再検診が必要として保留にされたようである。何度も検診を繰り返して結論を引き延ばすことは、被害者救済という観点とはかけ離れた姿勢としか言いようがない。平成16年の最高裁判決があったにもかかわらず、県の認定審査は,緒方氏のように11年もの永きにわたる闘いが必要であった現実には、いささかの変化もないように見える。

以上