あおば法律事務所
ミナマタ現地調査2007基調報告

ミナマタ現地調査2007基調報告

国民の皆様へ

2007(平成19)年8月26日

ミナマタ現地調査2007基調報告

ノーモア・ミナマタ国賠等訴訟弁護団事務局長

弁 護 士  内 川 寛

1 立ち上がる被害者たち
 私たちは、2005(平成17)年10月3日、50名の未救済水俣病患者らが原告となって、チッソ株式会社、国、熊本県を被告とする損害賠償訴訟を熊本地裁に提訴しました。水俣病被害者救済のための最後の裁判にすべく、また、水俣病のような悲惨な公害を九度と繰り返させないための闘いと位置付け、願いを込めてノーモア・ミナマタ訴訟と名付けました。その後、次々と被害者らが原告として立ち上がり、追加提訴を続けた結果、第8次提訴者までの合計で、患者原告数は、既に1200名を超えています。その中には、水銀汚染地域である熊本・鹿児島の県外に転出された方々も多数含まれています。例えば、東京、群馬、千葉、埼玉、神奈川、愛知、岐阜、滋賀、大阪、和歌山、兵庫、岡山、愛媛、福岡、長崎、宮崎など、全国各地から、隠れていた被害者らが立ち上がっています。彼らは、全員が、ドクターから水俣病であると診断された患者なのです。そしてこの追加提訴は、まだ続きます。近々、第9陣が提訴予定です。
 裁判の原告になるということは、大変な決意が必要です。それにもかかわらず、これほどの被害者が原告になることを決意し、立ち上がっているのです。その事実こそが、水俣病問題が今でも解決していないことの何よりの証拠と言えるでしょう。1956(昭和31)年5月1日のいわゆる水俣病公式確認の日から、昨年で半世紀もの時間が経過したにもかかわらず、水俣病問題は、水俣病患者らの被害者救済問題ですら、まだ終わっていなかったのです。

2 司法では決着済みの被害者救済問題
 被害者救済問題については、実は司法の場では既に決着済みの問題なのです。2004(平成16)年10月15日、水俣病関西訴訟について、最高裁判所が判決を下し、原因企業であるチッソ(株)だけでなく、国と熊本県にも損害賠償の法的責任があることを認め、感覚障害だけの患者も被害者として救済対象とすることとし、一時金の額も,症状の程度に応じて400万円〜800万円としたのです。そうであれば、加害者として断罪された国・熊本県が、チッソ(株)とともに被害者救済に積極的に乗り出すべきですし、その救済基準は,最高裁が認めた基準によるべきであることは、法治国家としては当然のことではないでしょうか。

3 環境省の態度
 ところで、水俣病患者救済制度としては、公害健康被害補償法に基づく行政認定制度があります。この行政認定制度が被害者救済制度として十分機能していれば、問題はなかったのです。
 ところが、1977(昭和52)年、環境庁(当時)は認定基準を複数の症状組合せを必要とする、いわゆる昭和52年判断条件に改め、基準を厳しくしました。このため、行政認定を申請しても認められない患者が多数発生することになり、これら未認定患者の救済が大問題となったのです。
 この問題については、1995(平成7)年の政府解決策によって一旦は収束を見ました。これは,当時の裁判闘争等によって被害者らが勝ち取った成果であり、その意味では高く評価すべきものだと思います。しかしながら、その内容は,加害者らの法的責任をあいまいにし、被害者らを水俣病とは認めないという前提で作られた限界のある救済枠組みでした。これは,司法判断が最高裁で決着する以前のことであり、永く厳しい闘いの末、「生きている内に救済を!」、という差し迫った状況の中で、苦渋の選択によって被害者らが受け入れたものでした。
 それが、上記の水俣病関西訴訟最高裁判所判決によって、行政の責任が明確になり、しかも水俣病患者かどうかの診断基準も、事実上上記52年判断条件を否定したのです。すなわち、平成7年の政府解決策の前提が崩れたのです。
 ここで環境省は、本来であれば、被害者の適切な救済に向け、認定基準を見直すべきでした。そして、かつて政府解決策を涙を呑んで受け入れた被害者らに対しても、謝罪した上で、あらためて最高裁基準による救済施策を実施すべきだったのではないでしょうか。
 しかし環境省は、昭和52年判断条件の見直しを頑なに拒否し続けています。このため、熊本、鹿児島、新潟の行政認定を担う審査会が、二重基準に抵抗感を示し、委員の選任ができず、約2年半もの間,機能を全く停止するという異常事態を招きました。また環境省は、環境大臣の私的諮問機関である水俣病問題に係る懇談会が、患者救済問題に踏み込む議論をすること自体に抵抗し、その提言の中で、認定基準問題に触れることを認めませんでした。
 この過去の反省をしない環境省の態度こそが、現在の水俣病問題を混乱させる元凶になっていると言っても過言ではありません。

4 チッソの態度
 それでは水俣病を引き起こした加害企業であるチッソはどうでしょうか。実は、ノーモア・ミナマタ訴訟の中において、チッソは消滅時効を主張しています。
 メチル水銀を含む廃液を垂れ流していた当時、チッソは水俣病の原因が自らの廃液であることを知っていながら、その事実を伏せたまま、企業利益を追求し続けたのです。例えば、チッソの廃液を混ぜた餌を与えたネコ400号が、ネコ水俣病を発症した事実を公表しなかったり、チッソ附属病院の細川院長が、水俣川河口付近にも患者が発生する可能性を指摘して反対したにもかかわらず、排水路を百間港から水俣川河口の八幡プールに変更し、このため不知火海全域に患者が多発したという事実は、結果的に見て、チッソによる人体実験と言うことができるのではないでしょうか。このような犯罪的とも言えるようなことで被害者たる水俣病患者を生み出し続けた企業が、時の経過を理由に免責されるようなことがあってはならないと考えます。二度と悲惨な公害が日本で起きないようにするためには、このチッソの態度は徹底的に糾弾されるべきです。
 さらにチッソは、被害者救済については、いわゆる見舞金契約の頃から誠実に対応してきたとの主張をしています。この見舞金契約とは、昭和34年12月、水俣病の被害によって年も越せないような被害者らに押しつけた非人道的な契約で、被害者らに一時金としてわずかな見舞金を支給し、もし将来水俣病の原因がチッソの廃液であるとわかっても、あらためて損害賠償などしないことが前提でした。これは、水俣病第一次訴訟判決で、公序良俗に違反しており、無効と断じられた悪名高い患者だましの契約でした。この契約の当時から、誠実に被害者救済に当たってきたなどと、なぜ主張することができるのでしょうか。その感覚を疑ってしまいます。
5 水俣病患者の正当な救済に向けて
 私たちが求めるのは、最高裁基準による適切な被害者救済の実現です。その柱は次のとおりです。
1. チッソ、国、熊本県の責任に基づくものであること。
2. 最高裁基準により被害者らを「水俣病(有機水銀中毒症)」と認めて救済すること。
3. 補償内容は、
  a 最高裁基準による一時金の支払い
  b 医療費を加害者らが負担すること
  c 療養手当を支給すること
 特にb及びcは、水俣病が治癒しないだけでなく,加齢とともに症状が増悪して行く可能性を有するものであることからすれば、加害者らが負担するのは当然のことです。
 私たちは、この要求を実現すべく、司法救済制度(裁判上の和解という制度を利用した個別救済の実現)を提唱して来ました。
 しかしながら、加害者らの上記のような過去を反省しない態度に鑑み、あらためて司法の場で判決によって加害者らを断罪させ、その判決をテコとして全面解決を実現することとしました。
 本年7月、与党水俣病問題プロジェクトチームがあらたな政治解決の枠組みを検討しているという報道がありました。その内容は、報道によれば、平成7年の政府解決策で何らかの理由で救済から漏れた患者の救済を柱とし、その後に症状が現れた人は他原因の可能性が高いので、一時金を切り下げるというものです。このような区別には,いかなる意味でも合理性はありません。しかも、最高裁判決の内容が、全く反映されていません。さらに、行政救済システムの欠点は、その判断・運用が恣意的になされる危険があるということです。現在の原告の中には、平成7年の政治解決の際、救済対象者として認められなかった人がいます。例えばある原告は、漁業者の娘として生まれ育ち、ミカン農家に嫁いだのですが、実家の漁業者の家族と、ミカン農家の夫は救済対象者として認められ、その女性にも同じような手足のしびれがあるにもかかわらず、棄却されたのです。全く不合理な結論と言えます。私たちが,加害者が被害者かどうかを判定する制度ではなく、客観的な第三者が判定する司法救済を求める理由がここにあります。
 私たちの闘いは、これからが正念場です。まずは正当な勝利判決を何としても勝ち取らなければなりません。その上で、司法における迅速な被害者救済のためのルール作りをすべく、加害者らを解決のテーブルに着かせることが求められます。そのために、国民の皆さんの力強い支援をいただきますよう、お願いします。

以上